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*崩れない精神*

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*崩れない精神*
 
   。。

何をもって自らの精神が崩れそうになるのを踏みとどまるのか?
忍耐の心と言ってしまえばそれまでだが、何をもって。
形而上の信念?  形而下の政治的野心?   

しばしば政治家が、こころざし折れて、崩れることがある。
最後は自殺までいく。

私は昔から国会中継をラジオでよく聞いていた。故新井将敬氏が1998年2 月、衆議院議院運営委員会で逮捕許諾決議が可決されて本会議で逮捕許諾決議が採決される、

その際の新井氏の弁明をラジオで聞いていた。すると直後、新井氏は自ら命を絶った。
ラジオで生々しい声を聞いた直後であったのでショックであった。

安倍晋三内閣の農林水産大臣で、在任中に自殺した松岡氏も
ショックであった。
極めつけは、中川昭一氏。保守政治家として期待されていた。
無念であった。

 志を持った政治家のこころが崩れる。精神が崩れる。自らの命を保つことすら出来なくなる。
政治家のみならず、全ての人間に当てはまることであるが、崩れない精神を鍛錬したい。

 命を左右するほどの経験はないにしても、私も大なり小なりこころが崩れかけた経験はある。振り返ると何かが、崩れかけようとしている精神を支えてくれた。私の場合は、高尚な形而上の哲学だったといいたいところですが、それよりももっと身近な記憶であった。母の存在も大きかったが、不思議と子供の頃の夏の思い出、それも川で水泳した時の水と太陽の光の記憶、肉体に刻まれた水と太陽の記憶であった。また、夏の朝の凛とした空気の感覚とか。どれもこれも肉体の感覚であった。

 太陽の光の下、水と戯れた自分、その肉体の感覚の記憶が、なぜが崩れそうな自分に元気を与えてくれた。この肉体の感覚は、若い精神の躍動を内包した感覚だ。
 そして、もう一つ。冬の朝。雪景色の沈黙の記憶。凍える手足を掘りコタツで温めた記憶。

人間の魂の宮としての肉体。戸塚ヨットスクールは事故を起こし世間から非難を浴びたが、私は、そのポリシーが分かる。すなわち、子供の頃、暑さ寒さの刺激を徹底的に脳幹に受けた子供は、人間として全うに育つ。
脳幹に対し暑さ寒さの刺激を与える。子供の頃、十分にこの刺激を受けた人間は、人間として全うに育つ。その刺激をヨットによって得る。たくさんの不良が立ち直った。この理屈が直観で分かる。

 精神が崩れそうになったら、形而上哲学とかそういうものでなく、逆説的に脳幹に刺激を与える。私の場合、記憶の再生で脳幹への刺激が再生されるのだろうか、元気になる。子供の頃、暑さ、寒さの刺激を徹底的に受けたことを感謝したい。現代の室内エアコン環境下で、この刺激が足らず、人間の本能(信仰の本能も含む)が脆弱化していること、これは問題である。

 偉大な形而上の思想体系も、強靭な肉体、特に筋力から生まれたと言える。偉大な精神は、それを支え得る強靭な肉体と筋力が必要である。
人間、魂が主体で、肉体は乗り物・従である。しかし、魂の能力が最大限発揮されるためには、その精神活動を支える強靭な肉体がまた必要である。

 こころが崩れそうになったら、精神で支えるのではなく、肉体で支えるという逆発想もある。私の場合、子供の頃の暑い夏と寒い冬の脳幹の記憶の再生で、元気をもらえる。不思議ですが。一昨年は、夏から冬と、その暑さ、寒さの刺激を得るため、バイク通勤した。ご存知の通り、バイクは風を切る。大人になってからも暑さ、寒さの刺激は、精神によい刺激を与えると思う。

 いま、試しのとき、崩れることは許されない。


幸福実現党 加納有輝彦氏の日記からです http://ameblo.jp/papadad/entrylist.html
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